塔の双子 ...01

 高い塔の中をくり抜くように、石造りの階段が円を描いている。空気は冷えきっており、足音は硬く響いた。
 盆に載せた食事からはすっかり熱が失われている。ハーディは彼に、湯気の上がる食事を届けられたことがない。
 成長して足腰も強くなり、体力もついた。皿の中身をこぼすことなく運ぶこつも覚えた。しかし、どんなに急いでもスープは冷め、温め直したパンも、彼のもとへつく頃には固くなる。それほどに塔は高かった。
 階段を上り切ると、ドアの代わりに鉄格子のはまった小部屋がある。彼……弟のガーディはもう十年も、ここに閉じこめられていた。
 ガーディはボロボロの毛布を体に巻き付けて、上の方に一つだけある、小さな窓を見上げていた。ハーディが呼びかけると、振り返って柔らかく笑う。
 包み込むような、優しい笑顔だ。ガーディが誰かを傷付けることなど、あろうはずもなかった。
 しかし、大人たちはこの笑顔を見ようともしない。悪魔だと言って閉じこめる。
 ふいに視線を落としたハーディを心配するように、ガーディは冷たい鉄格子に身を寄せた。
 ハーディは慌てて首を振り、大丈夫だと微笑む。盆を床に置いて、上着の袖口に隠している針金を抜き取った。細く固い針金を鍵のように扱って、錠を外しにかかる。はじめてこれをして見せたときは驚かせてしまったが、今ではガーディも、器用に動くハーディの手元を楽しげに見つめていた。
 カチリ、と小さな音がして錠が外れる。錆び付いた鉄格子をそっと動かした。下に食事を差し入れる隙間があるが、これを利用したのでは、ガーディが囚人と同じになってしまう。ただでさえ憎い隔たりを、ハーディは何としても取り除きたかった。
「今日は豆のスープと、干しぶどうの入ったパン。それからチーズ。本当は肉も持ってきたかったんだけど、人気があったみたいで残っていなかった。急いだつもりだったんだけどな……」
 でも、とハーディは笑って見せる。
「ぶどう酒を拝借してきた。水差しに入っているのは酒だよ。少しでも暖まるといいんだけど」
 酒をくすねるために炊事場から人気がなくなるのを待っていた。煮込んだ肉がなくなったのもそのためだったが、この場所で、酒は内側から体を温めてくれる貴重な品だ。
 ガーディはハーディと同じ顔で、少し人の悪い笑みを浮かべる。案外、さっきまで自分もそうやって笑っていたのかもしれないと、ハーディは頬をかいた。
 チーズを一かけら口に入れ、ゆっくりと飲み込んでから、ガーディはぶどう酒に手を伸ばした。その様子を、隣に座って見守る。
「今日は体を清める日だから、ガーディが食べ終わったら一度鍵をかけ直すよ。あいつらがくるからね」
 頷いたガーディの横顔が一瞬こわばる。しかし、カップに口をつけると、こちらを向いて笑った。
「あ、美味かった?」
 頷いて、もう一口。
 ハーディが見つめる先で、ガーディはとても静かに食事をとった。音も一緒に飲み込んでいるかのように。
 ガーディは声を発しない。音も立てない。生まれつきそうなのだ。ガーディは産声を上げず、しかし、他の赤ん坊同様に、泣いた。
 その姿を何としたか、大人たちはガーディが六歳になるとここに幽閉したのだ。今から十年前、ハーディとガーディ、二人の母親が亡くなった年だった。
 もともと迷信深い町だ。悪いことが起これば悪魔のせい。夜になると、魔除けを提げた戸口にきっちりと鍵をかけ、人々は祈りの言葉を口にして眠る。何者に祈っているのか、それすら考えたこともないくせに、彼らの中でガーディは、さながら親殺しの悪魔だった。

     ・・・

 鍵をかけ直してしばらくすると、塔の召使いが二人、水を運んできた。
 この季節でさえ、ガーディはお湯を使わせてもらえない。塔を中心としたこの町の領主……ハーディとガーディの父親がそう命じているからだ。
「桶はそこに置いてくれ。鍵を私に。お前たちは先に下りていろ」
 ハーディの言葉に、二人の召使いは自分たちの主人はあなたではないとばかりに動かない。
「もう用は済んだだろう?」
「しかし、ハーディ様」
 諫めるような口調が燗に障った。悪いのは全て父だ。しかし、もはやこの二人までもが憎かった。
「私がここからガーディを連れ出そうとしたことがあったか? 使い終わった水なら私が持って下りる。必要ならば何往復でもする」
 思い切り睨み付けると、召使いは慇懃に頭を垂れて、殊更ゆっくりと階段を下りていった。
 ガーディを連れ出せるのなら、連れ出したかった。一緒に、外の世界に逃げてしまいたい。しかし、父に囚われているのは二人とも同じだった。ガーディは体を。ハーディは、心を。

- 2017.06.25
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