塔の双子 ...03

 森はしんとして不気味だった。しかし、塔の冷たさに比べたらこちらの方がずっといい。
 落ち葉を踏みしめて歩く。幼い兄弟がそうするように、ガーディと二人、手をつないで。
 もうじき日が暮れるだろう。暗くなる前に、どこか休む場所を見つけなくてはならない。火も起こさなくては。枝を集めて薪にしよう。火がつきやすいように、よく乾いた落ち葉もあった方がいいだろう。自分は上手くできるだろうか。
 顔をうつむけて思案していると、ガーディに腕を引かれた。我に返って、ハーディはガーディの顔を見つめる。
 ガーディはにっこりと笑って頭上を指さした。アケビが実っている。よく熟している証拠に、果皮が割れていた。ずっと昔、まだガーディが閉じこめられる前に、一緒に食べたことがある。
「懐かしいね。食べてみようか?」
 ガーディが頷くと、二人そろって手を伸ばした。色づきのいいものを、それぞれ一つずつ。
 ぷるりとした果肉は、とても甘かった。
「もう幾つか取っていこうか。今夜のデザートに」

     ・・・

 ちょうどよく開けた空間を見つけ、荷物を下ろした。二人で枝を集め、野営の準備をする。
 いざ火を付ける段になって、ハーディはマッチを持つ自分の手が震えていることに気付いた。背後を振り返る。誰もいない。ガーディと自分以外の、人間の気配はない。
 それでも、昼間の出来事が思い出された。それよりずっと以前のことまでもが、頭と胸を圧迫する。
 父の支配から、自分たちは逃れてきたのだ。もう怯えることはない。激しい憎しみの影に隠れていた感情が、今頃になって顔を覗かせる。
 全身に震えが広がった。
 父は追ってくるだろうか。塔の兵士たちと共に、悪い息子を連れ戻しにくるだろうか。
 恐怖で叫び出しそうになったとき、ふいにガーディに抱きしめられているのに気が付いた。ガーディの腕は、不思議な力強さをもってハーディを包み込む。
「ガーディ!」
 自分よりずっと華奢な背に、腕を回した。
「ガーディ、ガーディ……」
 震える声で何度も名前を呼ぶ。ガーディは頬を寄せて応えてくれた。
 ハーディはしばらくの間、ガーディの腕に、胸にすがった。

     ・・・

 森の中で迎える五度目の夜。ハーディはガーディと樹の上にいた。他に比べてずいぶん背の高い、枝振りの頑丈な樹だ。手を貸しあって、先端に近いところまで登った。
 同じくらいの高さに伸びた枝にそれぞれ腰掛け、見上げる。
 豊かに茂った葉が地上に残してきた焚き火の明かりを遮り、静かに降り注ぐ星明かりを際立たせていた。
 どこか遠くでフクロウの鳴く声がして、ハーディは振り返る。その視線の先に、月を串刺しにでもしようかというような鋭さで、異様に高い塔がそびえていた。
 あの塔はここよりもずっと天に近いはず。しかし、今の方が空との距離が縮まったように感じた。
 ハーディはガーディに向き直った。笑みを向けられ、笑みを返した。

 夜が明け、また歩き出す。
 道というものはなく、下生えをかき分けながら進んだ。そのかわり、行く手を遮るほどの茂みもなかった。
 時折けもの道に行き当たる。しかし、驚異を覚えるほどに、道の主の存在を間近に感じたことはなかった。
 ただただ前へ進み、アケビを見つけたときだけ、つかの間の休息をとった。
 ふと、二人同時に立ち止まる。呆然とたたずむ。
 劇的な変化はなかった。ただ、確かに森を抜けたと感じた。
 相変わらず周囲は木々に覆われて薄暗い。しかし、どこか空気が変わっている。さらりとした風が吹くようになっていた。
 自然と、ガーディと目が合った。じわじわと喜びが広がっていく。どちらからともなく手を取り合って、思い切り抱き合った。ハーディは小さくガーディの名前を呼び、ガーディは頭をこすりつけるようにして応える。
 森を抜けた。ここは外の世界だ。

- 2017.06.25
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