塔の双子 ...04

 やがて木々もまばらになり、人々の暮らしの気配を見つけた。道があったのだ。地面が踏み固められただけのものだが、そこを辿ることで、ハーディはガーディと二人、初めて外の文化に触れた。
 しかし、歩き歩き、少しずつ不安が頭をもたげてくる。途中で誰かに見咎められたら、何と答えればいいのだろう。自然と足取りが慎重になった。
 塔は外の世界と隔絶されていた。だから、ハーディは外の人々を知らない。塔がその人たちに、どのように思われているのかも分からない。
 その代わり、迫害というものを痛いほど知っている。異質なものは排除されるのだ。ここに住む人々の目に、塔はどのように映っているのだろう。最初を上手く乗り越えなくてはならない。
 よほど思案していたのだろうか。突然耳に入ってきた奇妙な声に、ハーディは我に返った。ガーディも同じように顔を上げている。
 見渡せば、まだ先の方にではあったが、柵が巡らされており、内側でヒツジが鳴いていた。遠目からでも、もこもこと豊かな体毛に覆われているのがよく分かる。これからやってくる冬に備えているのだろう。
 何となくおかしくなって、ハーディはガーディと顔を見合わせて笑った。気の抜けたヒツジの鳴き声に少し緊張を解いて、しかし、ハーディは両手で自分の頬をぱちんと叩く。ガーディが目を丸くして見つめてきた。
「最初から気後れしていたんじゃ、ね?」
 そうか、という風にガーディが笑う。同じように手を上げるので、ハーディは慌てて止めた。むやみに痛い思いをしてほしくなかったのだが、少なからず不満そうにむくれられて後悔する。
 どうしようかと迷い、結局謝りかけたら、相好を崩された。からかわれていたのだと分かって、苦笑いが浮かぶ。

 家がぽつりぽつりと現れだして、やがて村へと変わる。いつの間にか、二人は人々の暮らしの中に入っていた。
「おい、そこのガキ」
 呼び止められて振り返る。民家の壁にもたれて、男がこちらを見ていた。顎を上げ、目を細めて、その視線は不信感を隠そうともしない。無精ひげをはやしているため年齢が読めないが、苛々とした声は若かった。
「ずいぶん上等を着ているじゃねえか」
 言われてみて、初めて自分たちの纏っているものを確認した。ハーディはよくなめした革のベストと刺繍を施した厚手の上着。ガーディはふわりとした生地の襟巻きと、毛皮で縁取ったコートを着ている。塔の召使いや領民たちの平服は、もっと質素で飾り気がなかった。目の前の男が着ているものも、ざっくりと織ったシャツで、刺繍もなければボタンもない。襟元を革紐で締めているだけだ。
「どこから出てきた? 貴族がここにくるなんて聞いてねえぞ。供はどうした」
 畳みかけられる言葉に、考えがまとまらない。どう答えればいい? さっきまでずいぶん考えていたじゃないか。
「さては家出だな? こんな辺境までご苦労なこった」
 しかし、男は勝手に結論を出して去っていく。その足取りはふらふらとして、酔っぱらっているように見える。よく見れば、片手に瓶を抱えていた。
 二人で顔を見合わせて、頷き合う。思いがけず、これからの振る舞い方が決まった。

     ・・・

 馬を探そうと思った。塔にも馬がいて、町の中を移動するときなどには乗ったことがある。きっとここにも馬がいて、どこか遠くへ人を運ぶために働いているだろうと思ったのだ。
 しかし、ヤギは見かけても馬がいない。
 村の中を歩き回る。人々は自分たちを遠巻きに見ていた。嘘の身分が破綻しないうちに、別の場所に移らなくては。もっと人が多く、自分たちが目立たない場所がいい。
 しばらくして、村の中心部とおぼしき場所に出た。人だかりができている。
 頷き合って中へ進んだ。迷惑そうにしながらも、人々は道を開けてくれる。
 中央には馬がいた。荷車を引いているらしく、いかにも強そうな脚をしている。
 どうやらここに集まった人たちは、馬の持ち主に荷物を預けているようだ。丁寧に包まれていて中身は判然としないが、大きな包みだ。一つ、丸めた絨毯のようなものが荷台からはみ出している。
 この場を仕切っていた中年男がこちらに顔を向けた。
「これはこれは。お家が恋しくなりましたかな? お坊ちゃん方。荷物と一緒でよろしければ、お運びしますが?」
 そうして、いやらしい笑みを浮かべる。
「お金は、お持ちで?」
 ハーディは憮然とした表情を作りながら、背負い袋を探って革の小袋を取り出した。無言で手渡す。
 中身を確認して、男が笑みを深めた。
「これはこれは……」
 男の口癖であるのかもしれない。何度も呟いて、重さを量るように袋を上下させる。
「金、ですね。精錬前ですが……十分な量です」
 もしかしたら多すぎたのかもしれない。男は慇懃に頭を垂れた。
「お坊ちゃん方は、わたくしが責任を持ってお家までお連れしましょう。明朝出発します。今夜はうちにお泊まりください」

- 2017.06.25
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