塔の双子 ...06

 どうやら、言われたとおりの道を辿れたようだ。聞いていた特徴そのものの建物が見えてきた。横に長く二階建てで、すべての窓の下には植物の鉢が飾ってある。中央に扉があり、ツタを絡めたような装飾の看板が、両脇に下がっていた。
 ガーディと頷き合い、中に入る。
 温もりのある木のカウンターの向こうで、女性が何かを書き付けていた。二人に気付くと、顔を上げて微笑む。
「いらっしゃいませ。お泊まりですか? お食事ですか?」
 男性にここを紹介されたこと、宿の主人に会いたいことを伝えた。女性は快く頷いて、奥へと引っ込んでいく。
 しばらくして、三十そこそこの、がっちりした体格の男が現れた。仏頂面だ。
「親父の紹介だって? 名前は?」
「ハーディです。こっちはガーディ」
 ぺこりと頭を下げるだけのガーディを、少し胡散臭げに見て、男は頷く。
「何泊するんだ?」
 ハーディは懐から、塔の短剣を取り出した。
「これで、泊まれるだけ」
 短剣を受け取り、しばらく眺めて、宿の主人は仏頂面をますます不機嫌にした。
「俺にはこれの価値が分からん」
 突き返されるものと思ったが、主人は短剣を手にしたままカウンターを回ってきた。
「専門家のところへ連れて行ってやる。そこで金に換えるんだな」
 そうして、ついてこいとばかりに背を向けて歩き出した。通りがかった先ほどの女性に、何事か耳打ちをして。

     ・・・

 何本か裏道へ入り、薄暗い通りに出た。奇妙に甘い匂いのする煙を立ち上らせた小屋や、得体の知れない黒い天幕がある。店舗の集まりのようではあるが、明らかに先ほどまでの通りとは違っていた。
 ここだ、と主人が立ち止まったのは、他の店舗よりもしっかりとした建物だった。窓にはカーテンが閉められているため、中の様子は窺えない。
 宿の主人は無造作にドアを押し、入っていく。
 カウンターには誰もいない。主人が奥へ向かって呼びかけると、しばらく間があって、ようやく反応があった。出てきたのは意外にもすっきりとした格好の男だ。目付きの鋭さが気になるが、清潔な身なりに少しほっとする。
「これは幾らになる?」
 カウンターに短剣を置く。男はすらりとした指先で持ち上げ、重さを量り、装飾を検分するようにじっと見つめた。
「ずいぶんな値打ちもんじゃねえか。どうしたんだ? お前らしくもない」
「後ろの奴らが持ってきたんだ」
 その言葉ではじめて二人に気付いたかのように、男はこちらを向いた。短剣と同じように、自分たちを鋭く見定める男の目を、ハーディはぐっと見返す。
「訳ありみてえだな。気は進まねえが……こんな逸品を見せられるとな。俺が買い取らせてもらおう」
 もう一度短剣に目を移し、しばし見入ったように見つめた後、奥へ引っ込んで革袋を持ってくる。じゃらじゃらと音がしており、硬貨が入っているのは明らかだ。
 その、人の頭ほどもある大きさの皮袋を渡された。

 帰り道を辿りながら、ハーディは主人に頭を下げる。
「あなたが不心得な人だったら、俺たちは路頭に迷っていたかもしれません」
 主人は前を向いたまま、むっつりと答えた。
「分不相応な金を身を滅ぼすって言うんでね。その代わり、泊まる分はきっちり、払ってもらうからな」

     ・・・

 一般の部屋は出入りが激しく、そう長く留まられても困るということで、二人は宿の南側の、少し上等な部屋に泊まることになった。ベッドが二つあり、窓が大きい。奥に扉が一つあり、中を覗くと風呂桶があった。

 ノックの音に答えると、従業員とおぼしき男性が入ってきて、風呂桶に熱いお湯をためてくれた。頼んでいないと困惑すると、男性は微笑むだけで去ってしまう。次は女性がやってきて、着替えを置いていった。
「奥様からです。古着だから遠慮しないで、とのことですよ」
 唐突に与えられる親切に、どんな顔をすればいいのか分からない。
 ただ、はっと気付いて、ガーディを促した。
「ゆっくり、暖まって。きっと気持ちがいいよ」
 暖かなお湯を、ガーディに使ってほしい。
 しかし、ガーディは強く首を振り、ハーディを浴室へ引っ張っていく。
「ちょっ、一緒に入るのかい? それは……」
 どう断ろうかと思案したが、純粋な瞳がそれを許さなかった。
 結局、ガーディと一緒に服を脱ぐ。
 裸になったハーディの背中を見て、ガーディの顔が青ざめた。
 自分の背に、ひどい鞭打ちの痕があるのは知っていた。すべて父に付けられたものだ。教会の床に跪かされ、何度も打たれた。
 それでも、ハーディは明るく笑った。
「ほら、お湯が冷めるよ」
 先に湯船に身を沈め、ガーディを手招いた。
 ガーディは一緒にお湯に浸かり、抱きしめてくる。醜くひきつった傷痕を、指先で優しく撫でてくれた。ハーディも、ガーディを抱きしめる。
 静かに、音も立てず、ガーディが涙を流しているのを感じた。

- 2017.06.25
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