塔の双子 ...epilogue

 悪夢を見た。父の夢だ。
 がたがたと震える体を抱きしめて、物陰で息を殺す。
 何か悪いことをした?
 していない。悪いことなんて、していない。

 揺り動かされて夢から覚めた。
 目を開ける。悲痛に顔を歪めて、ガーディが覗き込んでいた。
 ガーディがそこにいることに、ほっと息を吐く。
 手を伸ばし、頬に触れた。
「大丈夫だよ」
 ガーディは何か伝えようと唇を動かす。しかし、そこから声がこぼれることはない。

 悪夢が続いた。
 一夜眠るごとに、父は確実にハーディへ近付いていた。
 ガーディに起こされ、冷や汗を拭う。
 幾分かやつれた顔つきで食堂へ降りると、宿の主人が目を覗き込んできた。
「大丈夫か? お前」
「……すみません、大丈夫です。よく、眠れなくて」
 主人は鼻を鳴らす。
「うちのベッドで快眠できないとはね」
 肩をすくめて奥へ引っ込み、食事を運んでくれた。
 いつもより量の多い朝食に、主人の心遣いを感じる。
 隣で、ガーディが唇を噛みしめていた。

     ・・・

 父の足音がすぐそこでする。
 もう、恐ろしくて様子を見ることすらできない。
 一歩、一歩、近付いてくる。怯えさせるみたいに、ゆっくりと。
 カツン、と足音が止まった。
 上から、腕が伸びてくる。

「ハーディ!」

 ハッと目を開けた。
 夢の最後で自分を呼んだ声。父のものではなかった。
 天井を見つめながら、ハーディは動けないでいた。
 ふいに、強く抱きしめられる。
「ハーディ! ハーディ!」
 聞き慣れない、澄んだ声だ。声は不思議に、力強く耳に届く。
 体に重なる重み。
「ガーディ……?」
「ハーディ! よかった……起きてくれた」
 腕にますます力を込めてそう言ったのは、確かにガーディだった。
 呆然と聞き返す。
「声……出るのかい?」
 頭をこすりつけるように何度も頷いて、ガーディがそっと離れていく。
「今まで、ずっと一人にして、ごめん」
 奇妙な言葉だと思った。ずっと一人だったのは、ガーディではないか。わけの分からぬまま、ハーディは首を振る。
 せき止められていた声が溢れ出たかのように、ガーディは話した。
「俺、きっと怖かったんだ。あの人のそばにいるのが。ハーディと一緒にいられないことより、ずっと怖い気がしていたんだ。でも、違ってた」
 ハーディはいつも自分のそばにいてくれたと、ガーディは泣きそうな顔をする。
「ハーディはずっと戦っているのに、俺だけ逃げてた。声が出ないからって、それ、理由にして」
 ガーディが目を覗き込んでくる。
「でも、もうそうじゃないって、ハーディに伝えたくて。どうしても、伝えたくて。はじめて、声がほしいって、思ったんだ」
 ハーディはただ聞いていた。はじめて耳にするガーディの声はとても心地よかった。自然と笑みが浮かぶ。顔を歪めたガーディに、そっと手を伸ばした。その手を取って、ガーディは誓うように話す。
「俺も一緒に戦うから。もう、何も怖くないから。これからは、ずっと一緒だから」
 ハーディはゆっくり頷いた。
 塔の最果ての、鉄格子の向こう。場所を分かたれただけで、すべてが離れてしまったと思っていた。
「今までも、一緒だったよ。ずっと、一緒だったよ」
 気付いてしまえば、もう、怖いものは何もなかった。

- 2017.06.25
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