星読みと弟 ...02
神殿についたのはあくる日の夕刻だった。
どこからかフクロウの鳴き声がする。間違いなく雪白の声だ。
神殿は夜に儀式や祈祷を執り行う。夕刻の今はちょうど準備の時間帯だ。暮れゆく空に呼吸を合わせるかのように、徐々に静まり返って行くのが感じられた。
神殿の中に入るのはいったい何年ぶりだろう。相変わらず素っ気ない建物だ。明り取りの窓こそあるものの、どの壁を見てもランプ一つ下がっていない。星の輝きから物事の吉凶を占うため、神殿に火が灯ることはないのだと、イェジに聞いたことを思い出す。
イェジには星読みの素質があり、ヤンにはなかった。ゆえに幼い頃に引き離されたが、しばらくの内は互いの暮らしぶりを知らせ、語り合う時間を与えられていた。遠く離れた分、それは夜の闇と同じほど、濃密な時間になった。
ただ、それも絶えて久しい。イェジが神殿で重要視されていくにつれ、少しずつ失われていったのだった。
しかし、だから忘れたというわけではないのだ。ヨゼフが聞かせてくれたように、イェジはずっとヤンのことを思っていた。ヤンもイェジのことを思わない日はなかった。イェジの身に、いったい何が起こっているというのだろう。
山道で考え尽くした謎を、神殿という建物はまた突き付けてきた。人の気配こそ感じられるものの、廊下は物音一つなく、思いに沈めとばかりに辺りは暗い。
並んで歩くヨゼフも、口をつぐんでいた。
黙々と廊下を進めば、沢山の柱に囲まれた吹き抜けの広場に出る。ヨゼフの話では、イェジは儀式の前はいつもここにいるということだった。
イェジを探して、見渡した。不意に闇が動いたように感じられ、そちらに目を向ける。漆黒の衣をまとったイェジが立っていた。
気付いたのはイェジが先だったかもしれない。お互いに姿を認め、そして、視線は絡み合うことなく離れた。
言葉を、交わすまでもなかった。
・・・
ちらつき始めた細かな雪が、急な強風に巻かれて渦を作った。頬をかすめ、耳元を過ぎ行く。肌を切るような冷気だった。
ヤンはマフラーを口元に引き上げ、顔を覆い隠した。村を出る時にはただの荷物だった布も、今ではなくてはならない。
星読みの先代、ダヌタを訪ねるため、その日のうちに神殿下の村を後にした。ちらりと振り返ると、雪にかすんで灰色が広がるばかり。そもそも、山の上の神殿など、もう見えようはずもないのだ。それだけ、長い距離を歩いてきた。
残してきたものが、あまりにも頼りなく感じられる。自分一人住む小さな家。ベッドとテーブル、椅子がそれぞれ一つずつ。小さな暖炉。兄のイェジからはヤンに関する記憶が消え、故に、神殿にヤンを繋ぎとめるものは何もなかった。自分の身を案じてくれるヨゼフは心の救いだが、後ろ盾にはなれない。だからこそ、ヤンが先代に会ってくるというのを引き止めはしなかったのだ。
既に目的の町には入ったはずだった。ちらほらと人家が現れ、周りには畑が広がっている。じきに、家々の密集度が上がり、店や施設が現れるはずだ。
ヤンは前を見据え、足を速めた。