星読みと弟 ...03

 準備中、という看板が下がった酒場を見つけた。
 闇雲に探したところで、ダヌタが見つかるはずもない。ヤンは躊躇わずにドアを開ける。ドアに下がっていた小さな鐘が澄んだ音を立てた。
 店内は温かかった。頭や肩にかかっていた雪がじわりと溶け、髪から頬を伝っていく。思わず溜め息をついた。吐いた息が白くならないことが、不思議な気がした。
 店主と思しき男は、カウンターの向こうから身を起こしたきり、ヤンをじっと見据えている。既に、客ではないと分かっている風だ。
「ダヌタという人が、この町にいるはずです。どの辺りに住んでいるか、知りませんか?」
 単刀直入に聞いた。店主はしばしヤンから視線を外し、また戻す。
「あのばあさんなら、東の方にいると思うがね。訪ねたことがあるわけじゃないから、詳しい場所は分からんが」
 それだけでも十分な収穫だった。礼を述べ、頭を下げて、店主に背を向ける。ノブに手をかけたところで、呼び止められた。
「人の話は最後まで聞くもんだぜ、兄ちゃん。あのばあさんを探すなら、暗くなっても明かりが灯らない家を目印にしな」
 振り返って、ヤンは頷いた。ダヌタは盲いていると、ヨゼフに聞いていた。確かに、明かりは灯さないかもしれない。
 それから、と店主は顎をしゃくって、暖炉を示す。
「暗くなるまでまだ時間がある。少し温まっていけ」

     ・・・
 椅子を借り、暖炉の前に腰かけた。指先を温め、息を吐く。炎を見つめ、ぱちぱちと薪が爆ぜる音を聞きながら、必死で暖を取ろうとした。
 しかし、芯まで冷えた体は、そう簡単に溶けてはいかない。何より、胸の底が凍てついている。
 不安が温もりを拒んでいるかのようだった。
 それでも、疲れていたのだろう。いつの間にか、浅い眠りの中にいた。

 教会の鐘が鳴っている。
 この日は聖夜で、教会に住む孤児たちは暗くなる前から準備に忙しかった。
 ヤンはこの時、何か大切なものを運んでいたはずだ。だから、転んだ時にあんなにたくさん怒られた。
 でも、誰かに背中を押されたのだ。強く、前のめって倒れるほどに。しかし、言い訳をすると若い神父のお仕置きはよりややこしくなるのを知っていた。だから、何も言わなかった。
 イェジが片付けを手伝ってくれ、兄だからという理由で、一緒にお仕置きを受けた。
 いつもなら鞭打ちが待っている。しかし、この日は聖夜。ヤンはイェジと教会裏の大きな木に縛り付けられた。
 ごめんなさいと泣くヤンを、イェジが手を握って慰めてくれる。
『大丈夫だよ。これでいいんだ』
 イェジの言葉の意味を理解できないまま、夜は更けた。
 礼拝に皆が訪れ、辺りは静まり返り、教会は、火の手に包まれる。どこからか燃え上がった火が、炎となって建物を包んだ。建材が燃えて爆ぜる音がぱちぱちとし、そしてどうっと崩れ始める。
 呆気にとられた。何が何だか分からなかった。
 ただ、恐ろしかった。
 背中から吹く風に、時折逆らうように飛んでくる火の粉ですら、ひどく、ひどく恐ろしかった。あの大きな火の塊とは比べようもなく、小さなものであるにもかかわらず。

     ・・・
 肩を揺すられ、気が付いた。
「そろそろ店を開ける」
 店主の男が、今度はドアの方へ顎をしゃくった。
 久しぶりに、あの夢を見た。
 店主に礼を述べて、ヤンはまた、雪の中へ出て行った。

- 2015.12.12
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