星読みと弟 ...04

 ダヌタは肘掛けの付いた椅子に腰掛けた。椅子の脚は緩やかな曲線状で、小柄な老婆が背を預けると、穏やかに揺れ始めた。
 向かい合うような位置に、ヤンも小さな椅子を借りている。
「星読みの、何が聞きたいっていうんだい」
 声は不機嫌そのものだ。
 ヤンは兄が自分を忘れてしまったことを話し、星読みには何かがあるのではないかと尋ねた。
 ダヌタのその瞳が光を映さなくなってしまったのも、星を読み続けたがためではないかと。
 椅子が揺れ、暖炉の火が影を作る。
 一つの長い溜め息の後、ダヌタはヤンの問いを受け入れた。自分は、他の星読みより少し不器用だったのだと、僅かに、寂しそうに笑った。
「例えば、太陽を見続けると、しばらくものが見えなくなるだろう。私の目は、あれと似ている。星の輝きばかり追い続けて、暗闇を見ることを忘れていたからね。目が疲れたのさ」
 沈黙が落ちた。ダヌタは働き続けた目を労るように、瞼の上から押さえている。
「それだけなんだ。だから、あんたの思っているようなことは、何もないんだよ」
 しばらく経って、でもね、とダヌタは続けた。
「あの子は、イェジは特別だった。どこか、未来が見えている風だったよ。星読みとしてより、ずっと鮮やかにね」

     ・・・
 毛布にくるまって、目をつぶる。
 星読みという存在の影に隠れて忘れかけていた記憶を、ダヌタは引き戻してくれた。
 イェジには未来が見えている。自分は知っていたはずだ。あるいは、自覚はなくても、確かに感じていた。
 教会にいた頃の、兄のあだ名を覚えている。

“嘘つき”

 兄がガラスが割れると言えば、皆、何があっても割るものかと注意した。
 あの子が怪我をするよ。あの子はお仕置きをされるよ。
 どんなに些細なことでも、自分の一言で、未来は簡単に変わるのだと、兄は知っていた。だから嘘つきであり続けた。
 それでも、あの火事の日だけは違う。
 自分の背中を押したのは兄だったのだと、今更気付く。それしか、二人ともが助かる方法はなかったのだろう。
 それなのに、今兄が見ている未来に、自分は存在しない。
 ヤンは目を開け、暗闇を睨みつけた。
 帰らなければ。
 これが警告でなくて何だろう。
 眠るダヌタに静かに頭を下げて、そっと家を出た。

     ・・・
 急がなければならないと、胸の奥で警鐘がなっている。あるいは逸る心臓の鼓動だろうか。
 馬貸しに馬を借り、走らせた。
 馬が汗だくになり、寒気の中に湯気が上がるまで、ひたすら。
 泡を吹く馬を街道沿いの馬貸し屋で乗り換え、また走らせる。
 そうして戻った神殿下の村は、もうすっかり雪に覆われていた。
 静まりかえっているのは夜だからだろうが、ヤンは肌がひりひりするのを感じた。我が家に戻り、狩猟用の弓の調子を見て、山の入り口に向かう。
 そこには、数人分の足跡があった。

     ・・・

 轟々と音を立て、神殿が燃えている。
 木々の間に身を潜めるヤンの目の前で、襲撃者がイェジとヨゼフを囲んでいた。遠くには、神殿に仕える男女が、縛られて怯えた表情を見せている。
 歯噛みするヤンを叱咤するように、上空を白い影が舞い、鋭く鳴いた。
 皆が一瞬、空を見上げる。
 そこに一羽のフクロウの姿を見て取ると、襲撃者は舌打ちをし、ヨゼフは微かに身を硬くし、イェジは、柔らかく微笑んだ。どこか寂しそうに。
「あなたたちの中にも、星読みがいますね」
 兄はゆっくりと口を開いた。
 だからどうしたとばかりに、唾を吐いた者がいる。ナイフを持つ手に力を込めた者もいた。
「あなたと私が星から読んだものは、きっと違うでしょう。だから、あなたはこの日神殿を襲いました。しかし、私はまだ立っている」
 すっと、兄が目をつぶった。
「もうすぐ、未来から矢が放たれますよ」
 兄の横でヨゼフも力を抜いた。
 ヤンは、引き絞った矢を放った。

- 2015.12.12
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