狼と森の番人 ...04
「手短にお願いします」
警戒心を隠さないセイジの声に、男は思案げにあごをさすった。
「では、ここから話すとしましょう」
そう言って、一つ頷いて見せる。
「あなたの願いを教えてください」
まるで、道を尋ねるような気軽な口調だった。
セイジは押し黙る。男の真意が分からない。話を聞く前よりも、ずっと謎めいてしまった。
「もう少し、順を追って話しましょうか?」
しかし、セイジは首を横に振る。意図も目的も定かではないが、素直に答えたところでどうにかなるような質問でもない。荷物を抱え直して、セイジは男の目を見た。飄々とした男が、ほんの少しだけ、たじろいだように見えた。
「私の願いは、今の暮らしが、いつまでも変わらず続いていくことです」
目をしばたいて、今度は男が口をつぐむ。セイジがまるで意味をなさない声だけを発したかのように、まじまじと見つめてくる。終いには困惑しきった様子で溜め息をついた。
「あなたのその様子では、私がお役に立てることはなさそうですね」
文字通りうなだれて、聞いてもいないのに語り出す。
「私は森番を訪ねて歩いているんですよ。彼、彼女らの願いを叶えるために。それが私の生きる意味なのですが……。こうも揺るぎなく森番を務めている方には初めて会いました」
いやはやと首を振って、再びの溜め息をつく。
しかし、そうしたいのはセイジの方だ。森番を訪ねて歩いているだって? 願いを叶えるために?
だんだんと力が抜けてきた。胡散臭さもここに極まれりだ。
男はまだぶつぶつと呟いている。
どうやって追い払ったものかと、周りを見渡す。
ここはベリーの広場だ。できることなら荒らしたくはない。走って逃げたら振り切れるだろうか。
荷物の重さを確かめるように、もう一度抱え直すと、不意に物音がした。枝が折れるような、乾いた音だ。
離れた場所から、黄色い一対の目がこちらを伺っている。見間違いようもない。エルフィンだ。
エルフィンはどうやら、わざと音を立てたらしい。口に枝をくわえており、セイジと目が合うと、ぺっと吐き出した。
この人を追い払ってくれと、視線で示す。エルフィンは男を見て、どうしたものかというように首を傾げた。
しばらくして、エルフィンがのそりと茂みから出てくる。
男もエルフィンを認めた。
しかし、怯える様子がない。
むしろ嬉々としている。
「なるほど、なるほど。あなたには共に生きる者がいたのですね」
そうでしたか、と満面の笑みだ。ちょいちょいと、エルフィンに手招きをして、そして男は宙に手を差し伸べた。ぷつりと音がする。気が付くと、男の手の中には見たことのない奇妙な形の果実があった。
「狼さん。この果実は願いを叶える不思議な不思議な果実です。あなたには願いがありますか?」
果実は甘い香りを放っている。桃色とだいだい色を混ぜたような色合いで、セイジはこの森でこのような果実が実ったところなど見たことがなかった。セイジが知らないのだから、この森の植物ではない。
セイジには、それが毒に見えてならなかった。甘すぎる香り、いかにも美味そうな色合い。そして男の言う願いという言葉。
「あなたは何者なのですか」
思わず問いかけると、男はちょっと振り返って、笑った。
「森番ですよ、あなたと同じ。私の場合、用済みの、ですがね」
それだけ言って、男はエルフィンに向き直り、果実を思い切り投げた。
エルフィンは追いすがって飛び上がり、空中でくわえて捕まえると、そのまま森の奥へ消えてしまう。
セイジは呆然と、その様子を眺めていた。