狼と森の番人 ...07

 ニンジン、ジャガイモ、タマネギ。冬の間は、この三種の野菜がセイジの作るスープの主な材料だ。
 ジャガイモとタマネギは冬になる前に収穫した蓄えを、それぞれカゴに入れて家の隅に置いている。ニンジンも何本かは家の中で保存しているが、この頼もしい野菜はまだ畑で育っていた。
 大きさを選びながら三種類の野菜を一つずつ取って、天井から吊り下げた遮光用の布を元に戻す。
 野菜を小さく刻んで、かまどに火を入れた。
 鍋に少量の油をひいて軽くいため、水を注ぐ。
 煮込んでいる間に、香り付けのための香草を用意した。セイジはいつも、乾燥させたものを束ねて種類ごとに壁に吊るしている。様々な種類の中から、タイムとパセリと月桂樹を選ぶ。
 味付けは塩とコショウを少々。あとは香草の香りが移れば完成だ。
 ベッドに座ったエルフィンが、興味深そうに自分の動きを追っている。いつも気が付けばエルフィンはこちらをうかがっていた。それは人間の姿になっても変わらないようで、その目をなるべく気にしないようにと調理に集中していたつもりだった。
 それでも、これまでと視線の高さは違い、目の種類が違う。狼の目と、人間の目。
 エルフィンが人間になった途端、その視線が少し、恐ろしくなった。
 自分はたぶん、人が苦手になっているのだろう。人の中から長く離れているうちに、どう接していいのか分からなくなった。おそらく、町の人も自分に対して何をどうすればいいか分からないはずだ。
 しかし、エルフィンはどうだろう。背中に注がれる視線は真っ直ぐすぎて、戸惑いばかりが、体の内に降り積もっていく。

     ・・・

 スープを注いだ木のマグカップに、木のスプーンをつける。
 毎朝そうしたように、なるべく変わらぬように、問いかけてみる。
「飲んでみるかい?」
 返ってきたのは、はにかむような笑みだった。意外なくらい、子供っぽい笑顔。
 カップを手渡すと、その顔が輝く。もしかしたら今までずっと飲みたかったのかもしれない。
 セイジはベッドのそばの長持に腰をおろす。エルフィンにじっと見られているのを感じながら、できたてのスープに息を吹きかけた。
 エルフィンが真似をして、湯気を吹き飛ばす。
 スプーンですくって一口飲むと、持ち方に苦心しながらも、エルフィンは同じようにした。それから目を丸くして、カップの中を覗いている。
 苦手な味だっただろうか。それとも、狼だったエルフィンには異質なものなのだろうか。
 少なからず残念に思いながら、二口目を口に運ぶ。慌てた様子で、エルフィンがまた同じようにする。
 しばらく順番に一口ずつすくっていたが、カップに直接口をつけると、エルフィンの方がずっと早くに飲み終わった。
 しかし、カップが空になると、眉間にしわを寄せて、呻きも唸りもしない。
 その意味に気が付いて、少しだけ、緊張が緩むのを感じた。
「エルフィン」
 名前を呼べば、ギクリとして顔を上げる。かまどの前に招いて鍋のフタを開けると、その顔が輝いた。
 セイジが作るスープは、どうやら元狼にも受け入れられたらしい。一杯では、足りないくらいに。
 セイジの三日分を、エルフィンはひとときに平らげてしまった。

- 2016.03.13
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