狼と森の番人 ...08

 カップや鍋を片づけてから、セイジは暖炉の前へ小さな絨毯を敷いた。冬場は、これがセイジの居場所になる。
 間近に薪の燃える音を聞きながら、いつもは、繕い物をしたり、靴下を編んだり、まどろんだりする。
 森で暮らし始めた当初は、空白の時間がただ恐ろしくて、「なにか」をすることに躍起になっていた。この絨毯も、最初は恐れが生んだものだ。野菜を入れるカゴも、香草を吊すひもの細工も、身につけている服も、ほとんど全部、怯えながら作り出した。
 少しずつ、ほつれたり、ゆがんだりするそれらを、修復しながら生活するうちに、セイジもだんだんと森の形に整えられていった。恐れは消え、残ったのはひどく淡々とした日々だった。
 エルフィンは、そこに現れた。
 大きな変化として、セイジの前に。
 小さな狼の子供は、立派な大人の狼になり、そして、人間の青年となった。
 雨に濡れ、弱った小さい狼を、この小屋に運び込んだのは自分だった。当時の自分には、どれだけの覚悟があっただろう。
 人間になったエルフィンと、絨毯の上へ並んで座りながら、セイジは膝を抱える。
 覚悟していたはずだ。濡れそぼった狼を前に、自分もどれだけ雨に打たれていたか分からない。命のともしびが消えようとしているそのすぐそばで、ただ見送ってやることだけも考えた。
 それでも連れ帰り、介抱したのはどういうつもりだっただろう。
 受け入れるのではなかっただろうか。この先の全てを。
 しかし、エルフィンが消えた日、自分は抗った。エルフィンが消えるということを受け入れられなかった。探して探して、無事を祈った。そして、戻ってきたエルフィンにすがりついて、もうどこにも行かないでくれと、強く乞うた。
 あの、自らを用済みだと言った森番の男は、セイジの願いを聞いて途方に暮れていた。そして、エルフィンを目にして、なるほどと頷いた。共に生きる者がいたのかと。
 全く、そのとおりだ。
 共に生きる者がいなかったら、言えるはずもない願いだった。

『今の暮らしが、いつまでも変わらず続いていくこと』

 それはきっと、エルフィンの変化によって、叶えられたのだ。
 エルフィンは願ってくれたに違いない。この先も、自分と共にあることを。

- 2016.07.11
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