狼と森の番人 ...09
一緒に、同じスープを飲んで、暖炉の前に座って眠る。
二人の間に言葉はなく、香草の香りと、暖炉の火がもたらす温もりだけが流れている。
今、エルフィンの喉からこぼれるのは、スープを褒めるうなり声だけ。しかし、いつかはエルフィンも人間の言葉を口にするのだろう。時折浮かべる、物言いたげな表情が、それを予感させていた。
今日は朝から雪が降っている。それは地面に落ちても溶けることなく、少しずつ重なって、森を黒く覆い始めた。
そう。それは黒く積もっていく。
絶えることなく舞い降りて、セイジの視界は塗りつぶされた。意識も、闇に転じた。
・・・
自分を引っ張る者がいることに、セイジは気付いていた。
どうにかそちらへ向こうとするのを、邪魔する者がいることも知っていた。
『だめよ』
と彼女が言う。
何故、とセイジは頭に思い浮かべる。
『そう』
と彼女が頷く。
『それでいいの。私のことを考えて』
彼女は、邪魔する側の者だ。引っ張る方へ行きたいのに、それを阻むものだ。
『だめよ。ねえ、お願い。今は私のことを考えて。思い浮かべて』
彼女が悲しそうに笑った。
ずいぶん久し振りに、彼女の顔が思い浮かんだ。
『そう。それでいいの。ねえ、私のことどのくらい覚えている?』
どうだろう。
セイジは首をひねり、思い出した。
君はもう、いないんだったね。
『そうよ。だからこうして、お話ができるのは、きっと奇跡みたいなものよ』
そうだね。
頷いて、ひどく危険な方へ歩んでいるような心地になった。しかし、これはきっと、本物の奇跡なのだろう。だからセイジは、彼女のことを考え続けた。
あのネックレスを、君に身につけてほしかった。
『どのネックレス?』
緑色の、小さな宝石の、細い鎖の。
『宝石なんて、私に似合うかしら』
そういうと思っていた。だから、控えめなネックレスにした。
君の華奢な首に、細い銀の鎖は映えただろう。ごく小さな宝石だからこそ、君を輝かせただろう。
鏡を持った君の後ろに立って、留め金を止める夢を見たことがあった。
『あなたが、つけてくれたの?』
そう。私が、君にしたかったことの一つだよ。
『本当に? 嬉しい。ねえ、お願い、もっと聞かせて』
一つ一つ、彼女に語った。
もう、二度と会えないからこそ、たくさん夢想していた。彼女にしたかったこと、彼女としたかったこと。
語るうちに、時間の区別が付かなくなった。
何故、彼女に会えないのか分からなくなった。
混ざり合って、溶けて、彼女が消えた。