狼と森の番人 ...04

 毛布で包み込み、強く強く抱きしめてから、震える手でマッチを持った。暖炉の火を絶やした自分が恨めしかった。
 覚束ない指先で、なんとか火をつける。
 頭を撫で、ほおを寄せた。自分の体温が、移ればいいと思った。
 セイジの肩に顔を寄せ、エルフィンがすんすんと鼻をならす。
 泣いているのかと背をさすったが、自分の居場所を確認しているようだった。安心したようなため息が、耳にかかった。
「エルフィン……おかえり」
「ただ、いま……」
 掠れた声で、しかし確かな人の言葉で。
 あるいは、今の彼には、夜の伸びやかな遠吠えよりも、人の声が似合うのかもしれない。
 驚きはしなかった。彼を見つけたときに、めまいがするほどの安堵と一緒に、驚くだけ、驚いたのだから。
 エルフィンは、今、人の姿をしている。
 しかし、金色の瞳はどうしたって彼のものだった。
 エルフィンは自らを指差し、唱えるように名前を口にする。
「分かっているよ。君はエルフィン」
 エルフィンは頷き、子どもっぽく、笑った。
「あなた、は?」
「私?」
「なまえ」
 セイジは目を瞬く。
 あまりにも長い間、思い出すことのなかったものだ。
 不思議なくらい納得して、セイジは口を開いた。エルフィンが、呼んでくれるのだ。
「セイジ」
 エルフィンが頷く。
「セイジ」
 実感が湧くまでに少し時間がかかって、それでも、微笑むことができた。

 エルフィンはこの小屋に向かって、ずいぶんもがきながら帰ろうとしていたようだ。体中傷だらけで、爪は土で汚れている。
 セイジはそれらを丁寧に拭き清めた。傷や汚れの一つ一つが、とても愛おしいもののように思えた。
「セイジ。セイジ」
 エルフィンが困ったように眉を寄せている。セイジが返事をすると、どこか期待を込めた声で言った。
「君も……飲む、かい?」
 すぐに、分かった。エルフィンがなにを言いたいのか、なにが欲しいのか。
「今から作るよ。少しだけ、待っていてくれるかい?」

 冷たい水で、野菜をきれいに洗った。ニンジンと玉ねぎ、それからジャガイモ。
 小さく刻んで、鍋の中で軽く炒め、香草を束ねて乗せる。上から水を流し込んで、味付けはいつものように塩とコショウを少々。

- 2018.03.13
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