狼と森の番人 ...03

 大きな荷物を抱えながら、セイジは倒木をひょいと飛び越えた。
 森に暮らしていると否が応でも体力がつく。身の回りの全てのことを自分一人でしなくてはならないから、手先もやたらと器用になった。
 これは成長というよりも、適応というものだろうと思っている。
 自分は森の側へ適応しているのだ。だから町に出るのは少し憂鬱に感じる。帰り道の方が足取りは軽かった。
 森の気配を感じながらでは町を歩いても気分転換にはならないし、知り合いも皆、それぞれの生き方で天寿を全うしている。もはや会うべき人もない。
 あらゆるものが作り出せたなら、もしかしたら自分は森から一歩も出なくなるかもしれない。少なからず恐ろしい考えを、苦笑いで誤魔化した。そろそろ、ベリーの広場に出る頃だ。
 しばらく歩いて視界が開けると、セイジは足を止めて一つ息を吐いた。
 実りの季節は種類によってそれぞれだが、大抵は夏の頃。
 何年前だったか。カゴばかりではなく、たまには口にも入れながら摘み取っていると、いつの間にかエルフィンがやってきてそばに伏せている。それは美味いのかとばかりに、近くの実に鼻先を近づけたりするが、進んで食べる様子はない。しかし、試しに摘み取った一粒を放ってやると、見事に飛び上がって口に入れた。
 その後のエルフィンの表情は忘れられない。人が酸っぱいものを食べたときと同じ顔をして、ぶるりと身震いをした。それから、恨みがましく見つめてくる。謝るよりも先に、思わず笑ってしまった。
 以来、エルフィンはこの辺りに近付かなくなったが、今も思い出すと口元がほころぶ。
「おや。そういう表情もできるのですねえ」
 不意に声がして、セイジはびくりと肩を跳ねさせた。
「ああ、もったいない。せっかく美しかったのに。そんなに目尻をつり上げては美人が台無しですよ」
 自分が驚かせておいて、よく言ったものだ。
 声のした方を睨みつけると、男が一人、木陰から出てきた。にっこり笑って、挨拶まで寄越してくる。
「はじめまして」
 旅人風の格好だ。襟付きの外套を羽織り、革の手袋をはめている。髪はさっぱりと短いが、どうにもまとまりがなく、荷物は背嚢一つだった。
 こちらを傷付けるようなものは持っていないように見える。少なくとも、セイジに見える範囲にはない。
「そんなに見つめられると照れてしまいますよ」
 実際に頬を染められ、セイジは思わず首を振って目をそらした。
 小さな笑い声に、ちらりと視線を戻す。すぐに目が合って、観念した。
「可愛い方ですねえ」
 腹が立つ前に力が抜ける。男の言うことも、ここにいる意味も分からないが、何か目的があるのだろう。しかし、未だかつて森で人に会ったことなどないから、セイジには想像する糸口すらない。
「何をしに、ここへ?」
 低く問えば、男はにっこりと、深い笑みを浮かべた。
「そうでした。少し、お話をしましょう」

- 2016.02.20
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