狼と森の番人 ...06
ふと気が付いたとき、すぐに目を開けられなかったのは違和感があったからだ。不安のようなそれの正体は分からない。
ただ、エルフィンはそばにいる。昨夜のことは夢ではなかった。今、近くに感じるのは、間違いなくエルフィンの気配だ。
……大丈夫。
自分に言い聞かせるように胸の内で頷いて、ゆっくりと目を開けた。
恐る恐る広がる視界の中で、その姿は像を結ぶ。身じろぎ一つせずに、真っ直ぐ自分を見つめてくる目はよく知っていた。黄色い、意思の強そうな目。エルフィンの目。
ベッドの真上にある小窓からは、透きとおった朝日が射し込んでいる。触れれば切れそうなほど真っ直ぐに注ぐ光が浮き彫りにしているのは、見知らぬ青年の横顔だ。
しかし、それは確かにエルフィンだった。エルフィンの持つ、全ての要素を備えていた。ただ、姿が狼から人間に変わっただけだ。
上手く呼吸ができない。
ごくりと唾を飲み込む。同時に、エルフィンが小さなくしゃみをした。続けて二回。
とっさに、自分のかぶっていた毛布を巻き付けていた。人間になったばかりのエルフィンは、何も纏ってはいない。
ベッドを空け渡し、冷たい床から避難させる。ためらいながら名前を呼ぶと、こちらがうろたえてしまうほど、はっきりと頷いた。
・・・
服を着たエルフィンは本当に、人間の青年だった。
尻尾もないし、爪も丸い。
呆然と立ち尽くしたまま、セイジはエルフィンを眺めている。エルフィンは何も言わない。ただ時おり、小さく呻いていた。低い、獣の唸り声だ。もしかしたらまだ話すことはできないのかもしれない。
セイジも何も言うことができなかった。言葉というものを失ってしまったかのようだ。ぼんやりとしたものが、ぽつりぽつりと頭の中に浮かんではくるが、泡のように消えてしまう。
やがて、セイジはエルフィンに背を向けた。今、できることを一つだけ、ようやく思い付いた。
温かい、スープを作ろう。