狼と森の番人 ...02
鍋の中を、木のスプーンで一周、くるりとまぜる。湯気とともにスープの香りが立ち上った。
鍋を傾けてカップに移す。パンも一切れ、温まった。
テーブルにそれだけの食事を並べて顔を上げると、エルフィンがこちらを見ている。
「君も飲むかい?」
問いかけると、彼はふいとそっぽを向いた。毎朝交わす、ささやかな会話だった。
今日は月の終わりで、町に行く日だ。雑貨屋で日用品をもらって、またここへ帰ってくる。
セイジが森を一歩でも出ると、森はざわめいた。追いすがる手のように、木々の枝葉が伸びる。だから、セイジは長く、森から出られない。
何かを求めて広がり続ける森を、束の間でも鎮めるためにセイジは捧げられた。
しかし束の間のはずだったその刻は、ずいぶんと長く続いている。当時の姿のまま、セイジは二百年も、暮らしていた。
町へ行く日は、必ず思い出すのだった。
エルフィンに行ってきますと声をかけて、鍵すらない小屋の戸を閉める。
羽織った外套の襟元を寄せた。吐く息は白く、今日の太陽は雲間に隠れがちだった。雪の降る日も近いだろう。冬の森が、一番好きだ。
・・・
ずっと昔、セイジがまだ町に暮らしていた頃、ここはとても賑やかだった。
噴水のある広場で子どもたちが駆けっこをして笑い、転んで泣いて、友に手を引かれてまた笑った。周りで紙芝居をする大人もいたし、飴細工を売る職人もいた。
春も夏も秋も冬も、人の声にあふれていた。
今でも、人の暮らしはここにある。セイジの目の前に、現れないだけだった。
町の人たちは家に閉じこもって、森がざわめく間は息を潜めている。
- 2018.03.13